Spekで遊ぶ -2-

みなさん、こんばんは。 へとへとです。

ここ数日役所手続き、病院、親見舞い手配、
勤務先連絡、買い出し、自分と親用のご飯の準備などなど。
あまり何もしていないのに、こうやってパソコンに向かって、
暫し寝落ちしている事が多くなりました。
嫁様は勿論ですが、僕も気疲れもありとても以前のような余力がありません。


つまらないお話しは置いて置き、昨日のSpekでほんの少し遊んでいます。
https://bokuthedog2.seesaa.net/article/a69586238.html

いろんな聞いている楽曲をドラッグして
見てみるのが楽しくなってきました。
ちなみにfoober2000のプレイリストからデスクトップのSpekショートカット
アイコンにドラッグしても開けますよ(^^♪
とても便利。

よく聞くSteve Kuhnのアルバムは取り込み時に何もしていませんが、

イメージ 1

CD規格上限?21 khzぐらいまでせめつつ、
上をバッサリとではなくある程度「山」の形を残した
状態で切っているのが分かります。

イメージ 3

僕はいい仕事(マスターリング?)をしたCDだと勝手に思っています。

4年前のZeddのアルバムをリッピングして見ると

イメージ 2

どんだけマキシマイザーとコンプを掛けたんだろう?と思う状態でこれはXXXXX;

Carly Rae JepsenのKissもこんな感じに。

イメージ 4

人為的な処理がされているのが分かりますね。これを若い方が
40Khz再生をうたう「ハイレゾ」ヘッドフォン・イヤフォンで聴いて
「いい音!」と感じられているとしたら、うーん、、、どうしましょうか?;)

それこそ「自由」なんですが。

でもなんでもかんでもアップスケール処理をかけてしまうと、
その手法によっては好ましくない結果になることも。。
例えば僕の失敗例で 大貫妙子さんのベストをアップ
したら、なんだか高域は元の音とは違う情報まで付加された状態で失敗。

イメージ 5

これはCD自体のままが良いかも。。。

本来はアップスケール、アップコンバートせずに
入り(収録)から出(何かしらのメディア)まで、同じ状態を保っていれば
いい訳で、こういった補完手法はあくまで「疑似的な」ものだと思います。

疑似的なものを施して音が良くなるならないは議論の的でして、
様々なご意見、価値判断があるものとして捉えて頂ければ幸いです。
僕自身は、一種の「遊び」で行っていますので、これをしたから
音が良くなるとかそういう核たるもの(結論)はありません;
むしろ、音質を悪化させてるかも….


※ 「とても、とても、つまらない話」
ここは一人のマニアが好き勝手にやっている日記なのですが、
いろんな方が来られてそのお相手もしなければいけないと
感じる負担が、変だな~と思っています。
(個人日記でのあくまで例え話ですが、 "好き勝手に書くな" とか
"根拠を示して正確に発信しろ" という感じでいただくと、
人の家に勝手に上がり込んで説教して帰っていく人のように
僕は感じて疲れます。親切心・老婆心とは別問題だと思います。道徳として)

ただ、色んな考え(多種多様な価値観)があっていい と思っていますし、
(※ブログの注意書きに書いています>相互リンクのとこにも)
それに基づいて何か変な事をしていたとしても、それはその人の人生です。
誰もその人生を評価したり批判する事はできません(と思います)
各々「批判評価する基準が違う」のでは?

製品(商品)サービスなどを批判するのは自由だと思います。
個人の生き方や価値観を否定している訳ではありませんので。
対象が異なります。その時に各個人の表現になってしまうのは
いたし方ないことです。僕も自分自身の表現でしか書けません。

身近なところでお勤めの会社の上司部下は皆まったく自分と同じ人ですか?
学校でもそうです。自分と全て同じ考え、価値観で動いているのなら、
会議、ミーティング、プレゼンなどしなくてもいいし、
根回し折衝をする必要もありません。
違うからこそ、相手を動かすために色んな手段で
アプローチをしなければいけません。

僕も自分と違う意見を見つけても、それはそういう考え方も
あるなと思って受けるだけです(違う意見があるのが普通だと思っています)。
世界中、いや日本中が同じ考えの人だらけだったら逆に怖いです。
僕にとって、そういう(全体主義、権威主義)世界は
とても居心地が悪いです

僕はどこかの一人のマニアなだけの存在ですので、
その道で食べている方々からすれば、
青二才、間違いだらけの小僧で憎たらしいのかもしれません。

が、ここも含めて、インターネット(メディア)は発信する人、
受け取る人、それぞれに情報の取捨選択自由
があり、
自分の考えに合わないと思えばスルーすればいいし、
合うように感じれたら読んでいただくもよし、
また間違いを見つけたら(=ご親切にありがとうございますm)
指摘していただくのもよし、とにかく自由だと思っています。
今まで思っていたことと考え方、捉え方が変わることもあります。

個人攻撃(人格攻撃)」と「批判」は異なります。(よく混同されます)
恐らく[詭弁・誤謬・レトリック]になりえますし、危険なのは数々の文脈です。
表現を一部 ”=()部” 改変して引用させていただきますが、
経験者(専門家)が書いているなら分かる!でもお前は未経験者(ただのマニア)だろ!
==【個人攻撃】
」と思います。さらに「好き勝手に書かないほうがよい」
「根拠を示してかいたほうがよい」は一見穏やかな表現ですが、
意味としては「書くな」(個人に対する一種の脅迫威圧行為)と同義↑です。

極端にひどい場合(繰り返し行う)(関係ないのに妨害する)
(ストーカーする)(個人情報を断りもなく開示する)等は
被害者にとって「精神的苦痛を与え続けられる」ということで
言葉による暴力の加害者
になります。

何か間違いを見つけて、どうしても指摘してあげたい(親切心から)とき、

例えば「●●と書かれていますが、そのことについて□□という
公に認められた文章(判例、公式規格、検査手段)があり、
書かれている表現(文章)は
公に認められた文章を見ると、恐らく適切でないと思います。
公に認められた文章(や資料)を恐縮ですがお時間ある時にでも、
一度参考に読んでいただけますか?」

という [ 建設的な言い方  ]ができると思います。
勿論それで相手が表現を改めない場合もありますが、
それはそれでスルーでいいのではないでしょうか?
誰でも他人に自分の趣味について、ぼろくそに言われるのは
腹が立つと思います。趣味、千差万別でOK!


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